「めでたし、めでたし?」

(童話パロ・ランプの精赤司×長靴をはいたネコ黒子)
(火神君友情出演)

「初めまして、僕はランプの精の赤司征十郎だ。」
「初めまして、長靴をはいたネコの黒子テツヤです。」

赤司は魔法のランプを手に持ったネコ耳の青年へ、美しい仕草で一礼した。

赤司は魔法のランプをこすって自身を召喚した者の願い事を三つ叶えている。なぜそうしなければならないのかはわからないが、童話の中でそう決まっているし、自分はランプの精だから仕方がない。

久々に呼び出されたので準備運動がてら大きく伸びをすると、ネコ耳をピンっと立てた青年にいつも通りの定型文を口にする。
「よろしく、新しいご主人様…テツヤと呼ぶね。僕は願い事をなんでも三つ叶えられる。ただし一部例外もあって…」
「知っています。殺し、恋愛感情の操作、死者蘇生は厳禁…ですよね?あとは願い事を増やす、願い事の取消しはできない。」
「…話が早くて助かったが、何故知っているんだい?」
「君が超有名人だからです。童話だけでなく、映画やミュージカルと様々な形で話が伝えられているので、さすがのボクも知っています。」
「なるほど。ちなみに長靴をはいたネコも童話だったよね?どういった話か教えてくれるかな?ランプ暮らしが長くて、色々と疎いんだ。」
「もちろんです。ボクの願いごとにも関係するので、ぜひ聞いてください。」

***

「なるほど。粉挽き職人の飼い主が亡くなり、遺産として三男の火神大我とやらに引き取られたテツヤは、飼い主の忘れ形見に不自由ないハッピーライフを送ってもらうため、長靴をはいて立ち上がる。国の王様へ賄賂を送りパイプを太くして…なんやかんやで王様の娘と火神大我を結婚させてハッピーエンドか。」
「話の解釈に悪意を感じる気もしますが、だいたいそんな感じです。」

ムッとした表情の黒子を気にすることなく、赤司は黒子の前で跪き、恭しくその手を取った。
「それではご主人様。改めて願いをどうぞ。」
芝居がかった態度で、わざとらしく手の甲にチュッと音を立ててキスをすると、黒子はその手をサッと引いて、服で手の甲を拭く。
「ひどいな。」
「真面目にやってください。というわけで、一つ目の願いですが、火神君がバスケットボールに集中できる環境を整えてください。」

黒子からの願いごとに赤司の目は点になった。
「…バスケットボール?」
「はい。この願いごとをするに至った経緯ですが…恥を忍んで白状します。ボクが長靴をはいたネコとしての役目をストーリーに沿って全うすることができなかったからです。」

俯く黒子に何か事情があることを察した赤司は、次の言葉を待つ。黒子は拳を握りしめ、重い口を開いた。
「長靴をはいたネコの本来のストーリーでは、王様と火神君の出会いをボクがお膳立てしています。火神君の身包みを剥いで湖にぶち込み、王様の乗っている馬車を止め、『主人が水浴びをしていたら、泥棒に持ち物や服を全て盗まれてしまった』と助けを求めて、火神君を王様の馬車に乗せて対面させる…という流れです。ですがボクはこのイベントを起こすことができませんでした。全てはこの影の薄さのせいで…」

赤司は言葉を失った。ポカンと口を開き唖然としていると、黒子は絞り出すような声で続けた。
「一応最後まで説明します。火神君の湖スタンバイまでは完璧でしたが、影の薄さで御者に気付いてもらえず、王様の乗った馬車は素通りしてしまい…火神君をびしゃびしゃにしただけのネコになりました…」

童話の世界観を壊してしまった悲しみからか、しっぽがだらりと垂れ下がってしまっている。なんともかける言葉が見つからず、赤司は黒子の肩に手を置くと、できる限り優しい声で語りかけた。
「事情はよく理解できたよ。だが僕への願いごとは王様と火神大我を出会わせることではなく、バスケットボールができる環境でいいのか?」

その確認に黒子はしっぽをピンっと立てて、こくこくと頷いた。
「はい。色々考えたのですが、火神君は王様の元で贅沢するよりも、何のしがらみもなく大好きなバスケットボールをたくさんできる方が幸せになれると思いました。」
「長靴をはいたネコのストーリーから完全に逸脱するのは良いのか?」
「良くはないと思いますが、馬車を止められない時点で詰みましたし、元飼い主の願いの本質である火神君の幸せについて考えた結果です。将来はプロ選手として世界に挑戦してくれればと思います。」
「僕の力で火神大我をプロのバスケットボール選手にすることもできるが、そうでなくていいのか?」
「それを願いごとにしなくても、火神君なら必ず自分の力でプロになれると信じています。」

自信満々に断言した黒子の潔さに、赤司は眩しそうに目を細めた。そして指をぱちんと鳴らす。
「今火神大我は福引きを引いているが、バスケットコート付きの家が景品として当たるように操作した。副賞として小さな家も当たるようにしたから、家賃収入でそれなりに暮らしていける。働かなくてもいいから、その時間を全てバスケットボールの練習に充てることができるだろう。これでテツヤの願いごとは叶えられたかな?」
「ついでにバスケに必要な備品も、予備含めて一式お願いします。」

その図々しくも思える要望に、赤司は笑いを堪えられなかった。
「僕としたことが失礼した。パトロンもつけるから安心してくれ。」
「ありがとうございます。…あの、何を笑っているんですか?」

満足そうに頷いた黒子だが、赤司が口に手を当てて笑っている姿に首を傾げる。
「いや、面白いと思って。初めて見るタイプだ。」
「そうですか?」
「あぁ、次はどんな願いごとをしてくるのか、興味深いな。もちろん熟考して明日以降でも大丈夫だが、他に何かあるかな?」
「そうですね…それなら…」

黒子はうーんと考えた後に、赤司の目を見て口を開いた。
「赤司君に自由を。」
その言葉に赤司の目はまた点になった。
「あれ?童話でも最後はこの願いですよね?」
「そうだが…まだあと二つ願いごとがあるのに、自分のことは願わないで僕の自由を望むの?」
「ボクは自分の願いごとは自分で叶える主義です。あ、もしかして願いごとが一つ余るのは童話的にまずいですか?それなら…自由になった赤司君が自分の願いごとを叶えるために使ってください。」
「僕の願い…?」

赤司の手首にはめられていた、ランプに繋ぎとめるための金の腕輪が粉々に砕けた。軽くなった両手を眺めて赤司は考える。
「赤司君?」
「願いごとを叶えるのが仕事だったから、自分の願いごとなんて考えたこともなかったな…」

赤司の戸惑いを感じとった黒子は、腕を組んで一緒に考える。
「そうですね…それこそ熟考して明日以降でもいいと思います。」

それもそうかと思いつつ、目の前のネコのことが気になった。今まで色々な願いを叶えてきたが、こんなに誰かのためを思った願いごとは初めてだ。欲のない彼のことをもっと知りたくなる。
「テツヤはこの後はどうするの?」
我ながらか細く、縋るような声を出してしまい心の中で動揺したが、黒子は気にした様子はなく、うーんと考える。
「ボクですか?…とりあえず家に帰って、火神君を出迎えますかね。実は魔法のランプを求めて君の童話の世界に出張してきているので、家をしばらく留守にしていたんです。そろそろ元の世界に戻らないと、本格的に捜索が始まってしまいます。」

火神が不自由ない生活を送れる目処が立ち、天国にいる元飼い主も安心するだろうと嬉しそうに微笑む黒子に、赤司の中の何かがギシっと軋んだ。

(テツヤが元の童話の世界に戻ってしまう。このままだとテツヤと離ればなれになってしまう。僕は…テツヤとまだ一緒にいたいと思っているのか?だがテツヤは元の世界に戻りたがっている。火神大我がプロバスケットボール選手として成功する姿も見たいだろう。)

「でも…僕の願いは…テツヤをこのランプの中に入れて、ずっと一緒にいたい。」
「え?」

赤司が望みを呟いた瞬間、黒子の手首には金の腕輪が嵌められ、ランプの中に吸い込まれていった。それを確認した赤司が大事にランプを持って目を閉じると、それだけで長靴をはいたネコの童話の世界へワープする。
「テツヤ、僕を自由にしてくれてありがとう。おかげでテツヤのいた世界にも移動できた。夜にはランプの中に戻ってテツヤと過ごすからね。」

チュッとランプに口付け、囁きかける。
「テツヤはこの世界から消えて、行方不明扱いになってしまうけれど、テツヤの願いごとは僕がしっかり叶えるし、夜にはランプの中に戻ってテツヤと過ごすからね。」

指をパチンと鳴らすと、ランプの精としての軽装から、貴族のような服装に変わった。そして目の前から歩いてきた、まるで福引きで一等を取ったかのようにウキウキした表情の男へ声をかける。
「やぁ、初めまして。火神大我君だよね?僕は赤司征十郎。君のバスケットボールの才能を見込んで支援をしたいんだ。…あぁ、とある人…いや、ネコの紹介でね。」

***

火神大我は、バスケットボール選手として才能を開花させて、歴史に残る選手となりました。

そんな彼の輝かしい人生の中で、唯一心残りとなっている亡くなった父から譲り受けたネコの話は有名で、どこかに消えてしまったそのネコを、もっと早く探し始めれば見つかったのだろうかと、思い出しては悲しそうな顔をしました。

その度に彼の才能を見出しパトロンになった青年は言いました。
「大丈夫。その子はきっと君のことをいつもすぐ側で見守ってくれているよ。」

パトロンの青年が肌身離さず持っているランプがキラリと光りました。

めでたし、めでたし?

「めでたし、めでたし?」

提供:ushi様

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